2023-313 人間への絕望

/d/2023

每日の生活が, 人類が良くなることなど無いのだと我に感じさせる.
それがnaïveな思考なのは自覺してゐる.
進歩はいつでも巨視的な視界にだけ現れる.
それでも, ではいつになれば世界はましになる? と叫びたくなる.

大規模なものでは たとへば戰爭.
今まさに中東では極右の政治家と極右の武裝組織が虐殺し合ってゐる.
(當初は歷史を一旦 脇に置いてisraelの正當防衞と認識してゐたが, 今や我はisraelに正義を見ゐだしてゐない. 反islamの同性愛者の我が!)
それを支持する民衆も居る.

そしてUkraine.
平和な日本の人たちはもうRussiaの非道に慣れ, 怒りと哀れみを持つことに飽きてしまった.
統べては生活への刹那的な刺戟に貶められる.

規模を小さくして例へば殺人.
Panamaの狂人が示威者を射殺した.
Twitterの日本語圏では, tabloid紙を信じ込み煽動者に流されながら自身を冷静と信じ込む, 殺人者を稱揚する人たちが溢れた.
有り來たりな言ひ方だが人の命はそんなに輕かったか?
現實と虛構の區別は附いてゐるのか?
一線を越えたかも知れないと感じた.

もっと小規模なものではYouTubeのcomment欄.
昨日YouTubeで市川沙央さんに關する動畫を見た.
(«ハンチバック» は良い文章だった.)
障碍を揶揄したり受賞が不公平であるかの樣なcommentを目にした.
我は障碍者に對して莫迦にしたいと言ふ感情を持ったことが無い (內心を隱す冷静さが有るとかではなく, 最初から思はない).
だからそれを敢へて書く人間を理解しない.
一方で稱讃する人間も優越感を持った樣な, 苦勞を哀れむ目な差しが氣色惡い.
個人に點を附けて一喜一憂するのでなく, 誰もがもっと平坦な心で社會を良くすることだけ考へられないか?

(規模が小さく身近なものにほど ことばを多く使ってゐる. それは我もまた己の周りしか見てゐない くだらない人間なることを示す.)

internetをやめろとは良く言ふ.
だがinternetを見なくても醜惡な人間は現に存在してゐる.
今日すれ違った人が, 昨日 産経新聞の反transgender的な記事をretweetした確率は無視せらるほど低くない.

どうすれば良い?
寄附をする, 投票する, そんなことは言はれなくともやってゐる.
(政治活動はもっと努力の餘地が有るが.)
もっと世界ががらっと變はってくれないか.
(神を信じたら樂だったのかも知れない. しかし我は神を信じない我を誇る.)
博愛主義の, 新たなAdolf Hitlerが現れたら我は支持してしまふかも知れない.
それが怖い.