2019

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363 思想毆り書き

東京で部屋探し・フォロヰーとの忘年會を終へて成田に向かふバスの中で書いてゐます。
フリック入力が辛すぎる。
全體的に亂文です。

これは私の今の思想(と言へるほど一貫してゐない何か)を纏める文章です。
ここ數年で人の思想は(絶對に正しいと思ふことさへ)變じうると判りつつあるので、後の自分が參考する爲に…。

幾つかのキーワードを標に行きます。

反出生主義

べネター流の理論を使ふまでもなく、人は人の人生の責任を取れないことから明らかだと考へてゐる。
でも直觀に頼るのは危ふいし、べネターへの反論も追へてないので、割合ひ1の信念ではないかも。

快楽の最大化より苦痛の最小化が望ましそう。

親自殺主義

人は誰でもいつでもなるべく早く死ぬべし。
更には殺すべし。
でも我々には苦痛無く殺し殺される技術が無いのでこれが効いてくるのはしばらく先だらう。

動物の權利

今のところ動物を苦しめることを正當化する術を發見してゐない。
畜産は搾取と虐待でしかないし、肉はヘロインよりも邪惡な中毒性の物質だと思ふ(ところで大麻合法化を支持します)。
私が權利の享受者として「人」と言ふとき、指示對象はホモサピエンスのみならず有感生物全體だ。
有感生物の恣意性は氣になってゐ、説明されるほどの知識が足りてゐない。

親自殺主義と組合はせ、ホモサピエンスには全生物を絶滅させる義務が有る。
これの遂行の爲には反出生主義に逆らふ必要も有るかも知らない。

(自分の基盤が功利主義と義務論をふらついてゐ良くない。)

これは重要な事實だが、私はveganismを正しいと思ってゐながら肉を食べてもゐる。
私はinconsistentだ。
私のことばは意味を持たない。

性交や性器の話が(食や髮型の話の如く)公然とされない限りは性の禁忌化が我々を縛り続ける。

(オタクへのお願ひ:ポルノを冗談でも「不健全」と呼ぶのをやめろ)

性別

男とか女とかラベルされるのはうんざりなので、醫療の場以外では性別と云ふ概念が失はれればよい。
人の性別を決めつけることが暴力だと皆が早く気づけば良い。

父權主義

未成年は「保護」の名の元に權利を制限されてゐる。
「責任能力」とやらが無いとて差別されてゐる。
兒童婚は合法化されるべきで、ポルノは何歳の人間でも見ることを許されるべき。

婚姻

婚姻概念自體が保守の産物なので消えてほしい。
なぜ社會保障が二人一組で與へられるのか。
皆に等しく與へればよい。
非-現實異性成人愛者やポリアモリへの差別でもある。

検閲

刑法175條無くなれ。

(オタクへのお願ひ:檢閲を冗談でも「修正」と呼ぶのをやめろ)

以上です。
ここまで讀んでくれた方、良いお年を(新年を祝ふことにも疑義を呈しながら)。